ギンイロノウタ
この文章は、村田沙耶香『ギンイロノウタ』の感想メモです。
SNS上で通話していたとき、通話相手の人からこの本を勧められました。 特にあらすじなども確認せずにタイトルだけを見て買いました。 2つのお話がこの本には収録されているのですが、そのうちの一つである『ひかりのあしおと』について感想を吐き出したいと思います。
主人公が持つ焦燥感を文章から感じて、息苦しさを感じながら読むことができました。 誉と名付けられた主人公は、小学生のころから「光」に追いかけられます。 「光」は様々で、太陽光だったり蛍光灯だったりします。 何かに常に追いかけられるのは大変つらいことだと思います。 それが人だったり、仕事だったり、何か漠然とした不安だったりと、現実では原因は人それぞれですが、やはり、毎日ちくちく針で刺されるのは耐えられ1ません。 男の人と付き合うことで誉はそれから逃れようとしますが、それでも「光」から逃れることはできません。 根本を何とかしない限りはジリ貧です。 「自分の脂汗が充満する世界で、私は、いつまで、どこまで逃げればいいのか」と途方に暮れます。
途中で「光」が現れた原因がわかります。 小学生の頃のいたずらがトラウマとなっていたのです。 しかし原因がわかっても、「光」は追いかけてくるのをやめません。 もはや原因はどうでもよく、追いかけてくる「光」だけが残りました。 私はこの、原因が形骸化してつらさ、焦りだけが残るという感情をしょっちゅう経験しています。 しかしこのつらさが本質なのであって、原因はこのつらさが現れるきっかけでしかないということはなんとなく理解しています。
しかし、誉の前に蛍という男の人が登場します。 彼は誉を優しく包み込んで、最終的には誉を救う手伝いをします。 「光」は追いかけてくるものではなく、自分を狂気から引き止めてくれていたのだと気づき、誉は安心して眠ることができるようになります。
ですが、現実では蛍が現れることはそうそうありません。 倉庫の中での特権的瞬間2もなく、 自分でなんとかこの焦りやつらさを、徐々に受容していくしかないことはわかっています。 そう思うと、なんだかこのお話がかなり都合よく、芝居がかったものに感じられるのは私だけでしょうか。
レビューサイトで他の人の感想を見たら、共感できなかったというコメントがちらほら見かけられてかなり驚きました。 この息苦しさ、焦燥感はみんな持っているものだと思っていたから、もしかして自分は少しずれているのかなと、ぼんやり感じました。
かなり共感する部分があって、好きな本です。