20240903

今日は脳内が騒がしいし、SNSでも騒ぎまくったが、それでもなんだか収まりがつかないので、ここに久しぶりに今日思ったことを書き散らしてみる。

最近仕事が丁度いい忙しさで、余計なことを考える暇があまりなくて、精神的に健康でいい感じ。 でも丁度いい忙しさでも、仕事で調子を崩すときもある。 違いは何だろうと考えてみたけど、多分ゴールが明確になっているかどうかだ。 着地点が明確でないと、不安になる。 今後どうしたら良いかわからなくなってくる。 こんな性格だから、いわゆるベンチャー企業の0->1みたいなフェーズの仕事は合わなそうだな、とか思ってしまった。 でもこの着地点を見つけてそこにもっていく力というのは、多分仕事をしていく上でかなり重要な力で、それができていないのでまだまだお仕事は半人前だなあと、早く一人前になりたいと思うが、そう急いですぐ身につくものでもない。 ので、普段からゴールを自分で設定して、逆算して仕事をすることを心がけるしかないなあとか思ったりしている。

最近できていないなあと思うことを脳内で上げてみたけど、圧倒的に生活ができていないことに気が付いた。 自炊はできていないし、風呂はシャワーのみ、キッチンにはペットボトルが溜まっているし、風呂場の排水口には髪の毛がもっさりしている。 これはイカンと思い、一番ヤバそうな風呂場の排水口を掃除した。 髪の毛がもっさりしているだけかと思いきや、奥の方で汚れがヘドロみたいになっていて、若干臭った。 脱衣所に行くと臭いがするなあと思っていたら、これだったのか。 ゴム手袋をはめ、髪の毛を取り、汚れをこすり、パイプユニッシュを散々注ぎ込んで、30分待つ、するとなんとかキレイになった。 キレイになったので、久々に湯船にでも浸かろうと思い、浴槽に湯を張り、肩まで浸かった。 ただぼーっとするのは苦手なので、防水仕様のKindleを持ち込んで、昔(自分の世代より上の!)流行ったライトノベルを読んでいた。 「ゼロックスコピー」という単語が出てきて時代を感じた。 前にリソグラフのプロジェクトXを見たときに、ゼロックスの特許を如何にかいくぐるか、という内容で、かなり面白かったことを覚えている。 風呂から上がって、髪の毛を乾かすのも面倒なのでそのまま、服を着て、暑いのでサーキュレーターの前で、パソコンをしている。

世の中には無意味なことが多いけど(唐突)、無理に意味を見出すと陰謀論者になってしまう。 でもただ無意味だと味気ないから、人はそれぞれのことに意義を見出す。 最近は、いろんなことに意義を付与したほうが楽しそうだ、ということが自分の脳内では話題だ。 たとえば、と例示をしようかと思ったけど、うまい例が思いつかないので諦める。 日々過ごしていると、どうしてもつまらないことは発生する。 そのつまらないものに何らかの意義を付与できれば、つまらないことがまだマシになるんじゃないか、とか、自分のためになるんじゃないか、とか思ったりしている。 でもちょっと考えて、やりすぎるのは良くないなとも思った。 間違いなく良くないことにも意義を付与してしまったら、その良くないことを進んでやる人間になってしまうのではないかと。 高校時代、漢文の授業で孔子か誰かが、中庸、を説いていたことを思い出した。 先人は偉大だなあ。