20250131
今日は仕事が終わってから、居酒屋(一軒め酒場だ)に行ってジョッキ5杯程の酒をツマミとともに流し込んで、その後富士そばに行ってそば(ここでのそばとは富士そばで食べられるラーメンのことを言う)をツルリと胃に入れ、帰宅してすぐにラップトップを開きこの文章を書いている。 全然酩酊していない。 その証拠にキーボードのタイプミスはここまでで一回もない。
今まであまり飲んだ経験がなくて、よく世間でいる、飲まないとやっていられない、というサラリーマンの気持ちがよくわからなかった。 シーシャでも吸って、煙を吐いていたほうがよっぽど楽しいのに、と思っていたが、今日、「飲まないとやっていられない」が、わかるようになってしまった。 なるほど確かにこれは飲まないとやっていられない。 酒を飲んで楽しくなる、というよりは、脳をしびれさせて、つらいことを考える力を奪ってほしい、適度に酔いで身体の過緊張をほぐしたい、という感じに、今日初めてなった。 27年間生きてきたのに、こんなことは初めてだったので、今までつらいことなんてない、甘ったれた生活をしていたのかもしれない。
一軒め酒場と富士そばって福祉かもしれない。 一軒め酒場は、とにかく安い、5杯飲んでつまみを4品頼んだが、3000円ってなんだこれ、デフレか? 酒も、特にビール中ジョッキはキンキンに冷えていて、喉を鳴らしながら、上唇に泡を盛りつつ、食道を小麦色(いや、小麦そのものなのだが)の液体で洗い流すのは、完全に癒やしだった。 男梅サワーが、唐揚げの脂が、本当に沁みた。
富士そばは、24時間開いていて、暖を取れるのが、本当に福祉施設だと思う。 そばも啜れば、身体の内側から暖まってくる。 生きる気力が湧いてくる。 本当に少しだけど。 でも、その少しが全く大事なときもあって、僅かな温かみが生死を分けることだってある。 人間少し脳内物質のバランスを崩せば、すぐに自殺するんだ、俺は知っている。 富士そばは最後の砦なんだ、東京人のlast resortなんだ。
仕事で嫌なことがあった、ので酒を煽った、いやでも、あれって嫌なことなのか? 自分は正直、何事に対しても打たれ弱いのですぐに嫌だなあと思ってしまうが、ちょっと打たれ弱すぎる気がする。 多分普通の会社員だったら、嫌なことが発生した直後はともかく、10分もすればすっかり気を取り戻して、いつもどおりの仕事のペースに戻れるようなことでも、自分といえば、数時間もウダウダ落ち込み、少しのことでももう自分の評価は終わりだ、見捨てられると思ってしまう。
今書いていて気づいたが、自分は他人から、上司からの評価を実は気にしているのか? そうではない気がする、純粋に嫌だと思っている方が近いな、実は上司がどう思おうとあまりどうでも良くて、自分の快不快を優先している気がする。 わりと自分本位な性格なのかもしれない、自分は。 見捨てられるとしても、見捨てられること自体は、別に良いのかもしれない、自分に害がなければ、別にどうでも良い気がする。 でもそれで嫌なことをされたらいやなので、やっぱり見捨てられたくない。
もう、本当に、人生に真剣になれない。 一体いくつになるまで、ちゃらんぽらんに生きていくんだろう。 早く腹を括ればいいのに。 退路を絶てばいいのに。 でも腹を括って覚悟を決めたあと、折れたら? 折れたら、今度こそ本当に終わる。 でも終わりでいいか、と思ったが、親が生きている間は自殺もしてはいけないし正気も保っていないとな。 それ以降はどうなろうと知ったことか。 そうしよう、はい、そうします。 見積もりを立てよう、余裕を持って親が90歳まで生きるとして、取り繕うのはあと30年くらいか。 つまり自分が60近くなるまでか。 それまで折れるわけにはいかないのか。
先は長いね。