雪
この間、全国的に雪が降った。 丁度、衆議院選挙が開催されるということで、全国津々浦々でてんやわんやの騒ぎだったように思える。 関東に在住する自分の居住地も、漏れなく降雪予報が発令された。
自分はというと、体調が崩れ気味で選挙に行けるかどうか、という有様だったため、投票日前日は寝て過ごし、当日の朝9時までさらに寝通した。
起きると、外から子どもの歓声が聞こえたので、カーテンを開けなくても積もっていることが分かった。 部屋の中も、冷え込んではいるが独特の湿り気を帯びている、ような気がする。
布団からズルリと抜け出し、玄関を開けると、空から恵方の豆粒大くらいの雪が舞っていた。 家の正面の空き地が雪原となっており、子どもが三人ほど駆け回っているのが見える。 キャッキャウフフと子どもたちは手に雪をもってお互いを追いかけまわしているのだが、その声もくぐもって聞こえる。
よく「しんしんと雪が降る」なんて表現されるが、ちょっと適切ではない気がする。 「しんしん」は真冬のよく晴れた、空気が澄んでいる夜明けの音だと思っている。 一日で一番寒い時間帯、肌を冷気が覆って、自分の体温が周りから強調される。 周りから浮き上がることで、世界がシャープなまま遠のいたような気がする。 自分の感覚が鋭敏になって、空気の流れがよくわかるようになる。 周りから遠のく感覚と周りの流れがよくわかるようになる感覚が両立するのは不思議だ。 神経が「しんしん」と強調されていく。 これは北関東──といってもその中では南側だが──独特の雰囲気かもしれない。
一方で、雪は音を吸っていく。 そのため、通り過ぎる車のエンジン音も、吹いているはずの風の音も、雪原を駆け回る風の子たちの歓声も、羽毛の薄皮 一枚隔てたかのように、現実感がなくなる。 降る雪にみんな埋もれて、境界がなくなっていく気がする。 周りに埋没して世界と同化するような気がする。 音がないので世界が遠ざかっていくような気もする。 玄関で立ち尽くしている間、雪は無音に近い。
しかし面白いのは、靴を履いて外にひとたび出ると、雪を踏んだ足元から「ギュッ」という音が、骨を伝わってダイレクトに反響してくるところだ。 周りの音がすべて現実味を無くし曖昧な世界に、雪を踏む音だけがクリアーに響く。 ここで頭が覚め、自分が居ることに気づく。
そんなことを思い浮かべながら、投票所まで歩いて行った。 公民館の中では、石油ストーブが焚かれており、コー、という眠気を誘う音がかすかに聞こえた。 建物の中は音がよく反響していたが、話し声は少なく、どちらかというと「しん」としていた。
投票を済ませ、家に帰って、ミカンをむいた。 ミカンの薄皮をメリメリと裂いて食べた。